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「蕪村生誕300年記念行事」を世界と共に進めましょう!」
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俳句つくりで人生の生甲斐の高揚と、伝統俳句文化を後世に継承する為に、
句会講座」を盛り上げ、「蕪村生誕300年記念行事」を繰り広げていくのが目的です。


◆後援団体:
大阪府 大阪市 独立行政法人国際交流基金 公益法人関西・大阪21世紀協会 大阪市教育委員会 大阪俳人クラブ 学校法人追手門学院 社団法人日本書芸院 大阪文化団体連合会
 
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■蕪村生誕300年祭を挙行しましょう 
毛馬 一三
 NPO法人近畿フォーラム21(筆者代表)第8期講座「蕪村顕彰俳句大学」の優秀句表彰式を、3月23日(日)に開催する。

 会場は、蕪村生誕地近郊の大阪市立「淀川小学校」で行い、第8期表彰式に向けて受講生から1210句、児童生徒から187句、6諸外国から69句が応募された。

 この応募句から優秀句を選考し、大阪府知事賞・大阪市長賞・公益財団法人関西・大阪21世紀協会理事長賞、独立行政法人国際交流基金理事長賞、大阪市教育委員会委員委員長賞、当俳句大学学長賞をそれぞれ授与、入賞句には「佳作賞」を授与する。

 もともと「蕪村顕彰俳句大学」を4年前開講したのは、江戸時代の三大俳人の松尾芭蕉と小林一茶の生誕地は江戸時代当時から知れ渡っているが、与謝蕪村が大阪毛馬町生誕であることを知らない人が多かった。このため大阪俳人の蕪村顕彰し、俳句文化振興をするのが目的であった。このあと追々。

 先般、講座「蕪村顕彰俳句大学」講座の講師で、蕪村研究第一人者の関西大学文学部の藤田真一教授とお会いし、蕪村生誕に纏わる様々な話を伺った。

 藤田教授の話によると、蕪村の生誕地が大阪・毛馬町であることが「定説」になったのは、終戦後奈良県でこれに纏わる「蕪村直筆の書簡」が見つかったのが、キッカケだということだった。これには耳を欹てた。教授の話は下記のようだった。

 (蕪村は、自分の生誕地のことは、俳人・画人として活躍の舞台だった江戸・京都でも、何故か余り触れたがらず、主宰の「夜半亭」の弟子たちにも語ったという「記録」すら残されていないという。このため、蕪村の生誕地を確知していた者は、誰もいなかったのではないか。

 ところが蕪村は、安永六年に発刊した冊子「夜半楽」(二十頁ほど)の冒頭に、「春風馬堤曲」を書き、毛馬村側の淀川の馬堤に触れ、十八首の俳句を添えている。しかしこの時残念なことにその舞台となる淀川毛馬馬堤近が、自分の「生誕地」だとは、一切触れていない。

 ところが、その後願ってもないことが起きた。

 蕪村は、この「夜半楽」冊子を贈呈した大阪在住弟子の柳女・賀端(がつい)への添え書きの「書簡」に、自分の生誕地が「毛馬村」だと、下記のように初めて綴ったのだ。

 「春風馬堤曲―馬堤は毛馬塘(けまのつつみ)也。即、余が故園(注釈・ふるさと)也。余幼童之(の)時、春色清和の日ニは、必(かならず)ともどちと此(この)堤上ニのぼりて遊び候。水ニハ上下の船アリ、堤ニハ往来ノ客アリ」。

 それならこれが物証となって、江戸時代から毛馬村が生誕地だと定説になっても良かったのだろうが、そうならなかったのには理由がある。

 というのは、江戸時代の発刊諸本には複製本が多い上、勝手に削除・加筆されることが多々あった。このため「夜半楽」の弟子への添え状ですら、複製なのか、それとも蕪村直筆のものか判定出来ず、結局「蕪村生誕地複数説」を加速させる結果を招き、生誕地説は宙に浮いたままの状態だった。

 ところが、終戦直後、奈良県で終戦直後偶然見つかった先述の弟子の柳女・賀端(がつい)に宛てた添え書きの「書簡」が、公式に「蕪村直筆」だと「認定」されたからである。

これによって「蕪村毛馬生誕地」説が確定した。終戦直後の認定だから遅きに失したと言わざるを得ない。しかしこれは沢山残されていた「蕪村生誕地複数説」が破棄され、毛馬村を生誕地とする歴史的な「決め手」となった。

 しかも「春風馬堤曲」冒頭の記述に淀川風景の描写や添付十八首と、柳女・賀端(がつい)に宛てた添え書きへの想いを結びつけて考えると、「毛馬村への切ない郷愁」を浮き彫りとなる。

 以後、生誕地が毛馬村であることを不動のものになった。この経過を考えると、蕪村生誕地を定めた一通のこの「蕪村直筆書簡」の存在は、実に大きかった。

これが「認定」されていなかったら、蕪村が大阪俳人として登場することも無かったことになるだろう。)

 こうして、「蕪村が大阪生誕俳人と称される」ようになってから、七十余年しか経たない。そのため蕪村は、芭蕉や一茶とは異なり、江戸時代以来、生誕地大阪で「蕪村生誕顕彰」が疎かにされたことで、それを知る人が少なかったことにも繋がっており、誠に慙愧に絶えない。

 しかも、生誕した実家(庄屋?)は、明治29年の河川改修で川底に埋没させられ、棲んだ実家、お寺などの痕跡も皆無だ。姿、形も想像できない。

 淀川堤防に「蕪村生誕地碑」、「蕪村句碑」があるが、生誕地はそこではなく、その堤防の眼下に流れる「淀川の川底」にあることになる。

 ところで、平成28年(2016)には、蕪村生誕300年を迎える。だが、一番重要な「蕪村の生誕日」は未だに分からない。

 だから、われわれ講座「蕪村顕彰俳句大学」は、2年半後に迫ってきた2016年に初の「蕪村生誕300年祭」を、2016年に開催し、蕪村生誕地高揚と後世への伝承、そして国際化への発信を大々的に進めたい挙行の具体化を、大阪市立大学と共同して進めている。

 余談ながら、筆者は藤田教授に下記の質問をした。

 「蕪村は、淀川を下って源八橋から船を降り、浪速の弟子の下に吟行の往き来きしていましたが、「春風馬堤曲」に記述しているように、それほど生誕地の毛馬に郷愁があったのであれば、源八橋の極く近郊の目と鼻の先にあるにある毛馬村生家に立ち寄ってはいないとの噂ですが、何故でしょうか?その学説はありませんか?」

 藤田教授の答えは次のようだった。「それを証明する「学説」はありませんね。恐らく立ち寄ってはいないでしょう。深い郷愁にも拘わらず立ち寄ら無かったのには、その想いを超える何か実家に纏わる悲運があったからかもしれませんね」ということだった。

 恐らく奉公人だった母と実家の父が亡くなってから、私生児だった蕪村は、家も引き継げず、家人たちからも極めつけの「いじめ」を受けただろう。そのために十七・八歳で家を出家せざるを得なかったのではないか。

 こう考えて来ると、蕪村の幼少時の境遇と郷愁を慰撫する「歴史上初の生誕祭」を、必ず我々の手で成功させなければならないという想いが迫ってくる。

 つまり、蕪村俳句の顕彰だけでなく、「蕪村が毛馬で生まれ、楽しい幼少を過ごしたものの、俳人となってからは望郷の念を捨ててまで毛馬に立ち寄らなかった悲痛な心を慰めるためにも、初の生誕祭をして崇めて上げなければならない」と思いが更に籠ってくるのだ。

 今年の9月には、兜カ學の森(月刊誌:俳句界)と2回目共催の「蕪村俳句全国大会表彰式」を行うとともに、「蕪村生誕300年祭事業」も協同して行うことにしている。特に「蕪村生誕300年祭事業」は兜カ學の森の助力を得て、全国に広めて行く方針。

 どうか、2年半後の秋に行う予定の初の「蕪村生誕300年祭」に、是非共 全国からご賛同とご支援を得て、成功させたいと切に願っている。どうか伏してお願い申し上げます。  (了)


■「蕪村生誕300年祭」計画に取り組み開始
NPO近畿フォーラム21
           蕪村生誕300年行事委員会
 「NPO法人近畿フォーラム21 理事会」と「蕪村生誕300年事業委員会」の初の合同会議が、1月16日川原合同法律事務所で開かれました。
 
 合同会議には、「蕪村生誕300年祭事業委員会 副委員長」の市大大場教授を始め、「NPO法人近畿フォーラム21の理事」、それに事業推進コンサルタント代表合せて9名が出席しました。

 先ず、議長が、「蕪村生誕300年祭」行事を進める初の「合同会議」を本日開催することを宣して、出席者の紹介を行った後、「大阪の俳句文化振興に取り組む蕪村生誕300年祭行事を全国、諸外国に発信していくため、この日から基本企画案の協議を進めて参ります」と申しました。

 これを受けて300年祭委員会の市大大場教授から、「蕪村生誕300年祭の進め方には、2016年の生誕年までの、どの時期に、どのような行事を進めて行くかを合同委員会のメンバーから提案して貰う打ち合わせを月に1度行うこととし、近々に実施しましょう」とのご意見が出されました。

 「その際、合同委員会のメンバーが個人の行事具体案を持ち寄り、その案の中からメイン行事や順次開催行事などを選び、合せてその時期を明確化して行きましょう」と述べられました。

 このあと、事業推進コンサルタント代表が、同上打ち合わせ結果を受けて「蕪村生誕300年祭」行事を発信していくため、出来るだけ時期に、2016年までの「蕪村生誕300年祭」進展内容を掲載する新規「ホームページ」を作成し、同300年祭の意義を広め、且つ俳句文化振興の使命を達成することに、支援して行くこと申し出ました。

 「合同会議」は、上記内容を出席者全員で決議しました。
 いよいよこれから、「蕪村生誕300年祭」行事計画の推進は、順調に進みます。
 市大・大場教授には大変ご助力頂き、感謝しております。

                             以上

■「蕪村生誕300年祭」へご協力を
NPO法人近畿フォーラム21主催
蕪村生誕300年記念事業委員会 委員長
                   大阪市立大学大学院文学研究科 博士(文学)
                            村田 正博教授

 来る2016年、与謝蕪村が摂津国毛馬村(現在の大阪市都島区毛馬)に生まれて三百年の記念するべき年を迎えます。蕪村が我々にのこした俳句は、ことばの精華、論理と感性とがみごとに調和し結晶した、世界に誇ることができる人類の大きな遺産となっています。
 
 このことに思いをいたし、NPO法人近畿フォーラム21主催で「蕪村生誕300年記念事業委員会」を設立しました。

 多くの市民に俳句に対する理解を深め、日本国内はもとより全世界に俳句を中心とする相互理解と連携を拡げるべく、まずは大阪府・大阪市・独立行政法人国際交流基金・大阪市教育委員会・学校法人追手門学院・日本書芸院・大阪文化団体連合会・大阪俳人クラブの後援のもとに、講座「蕪村顕彰俳句大学」の開講、「蕪村生誕300年祭」開催の準備を進めております。さらに俳句つくりの指導に力を尽くし、その成果に・「大阪府知事賞」・「大阪市長賞」・「国際交流基金理事長賞」・「大阪市教育会委員会賞」・「蕪村顕彰俳句大学学長賞」等を授与。「入賞句プレート碑」を蕪村公園内に設置しております。

 ところで今後、「蕪村生誕300年」を迎える2016年を目指して、下記事業の実現を期しております。

@ 俳句の理解、俳句の制作を通して、大阪と世界をつなぐ一大句会を開催すること。
A 蕪村、さらには俳句の、ITによる情報基地を開設すること。
B 大阪市における"北"の新しい中心として毛馬「蕪村公園」を位置づけ、大阪の文化や経
済の発展に寄与しうるようまちづくりを進めること。
(この事業は、大阪市立大学 大場茂明教授を特別顧問として始動しております。)
C高齢者の知識・経験を活かして俳句文化の高揚を図ると共に、
参加する同世代間の連携や支え合うシステムづくりを推進しながら、
高齢生甲斐の大切さを学び合うこと。


 以上、経済の街 大阪を、世界に発信する平和と文化のまちとして成熟させること、大阪経済に貢献してきた高齢者を改めて評価し、これからの俳句ボランティア活動を盛んにする。 そうした具体的な実現を蕪村ゆかりの毛馬の地から図ってゆきたいというのが、私どもの素志であります。

 ところで大変慶事なことですが、25年6月17日に月刊俳句誌「俳句界」の出版社・梶u文學の森」と共同事業を行う契約を結ぶことが出来ました。このため、同社から後援を頂くと共に、毎年度2回行っている「入賞句表彰式」の内、前期表彰式を「蕪村顕彰全国大会」の名称にして、25年9月22日(日)開催の第7期表彰式から開催することになりました。「同全国大会」には、全国の俳句愛好家から「作品応募」を行い、「入賞句」には上記掲載の各賞と共に「文學の森賞」も加え、授与いたすことにしております。この慶事を「蕪村生誕300年祭」とも連携させ大いに進めて行きたいと考えて居ります。

 どうか、この「お祭りの事業」に対して地元の皆様を始め、ご関心の深い方々に惜しみなきお心寄せとお力添えをたまわりますよう、こころよりお願い申し上げる次第です。


■蕪村生誕300年記念をひかえた活動理念・方針
NPO法人近畿フォーラム21主催
「蕪村生誕300年記念事業委員会」


1. NPO法人近畿フォーラム21は、大阪市が江戸時代の俳人与謝蕪村を顕彰するため、蕪村生誕地の大阪市毛馬町に「与謝蕪村公園」を造営したのを機に、蕪村生誕地の高揚と大阪俳句文化の振興を図る諸活動を進めている。

2. NPO法人近畿フォーラム21は、「定款」第4条の4号(学術、文化、芸術、又はスポーツの振興を図る活動)、第5条(1)@(研修会・講習会・見学会などの開催事業を行う)と、Hの(地域経済の活性化を支援する事業)に基づき、大阪府・大阪市・学校法人・追手門学院等後援の下に、市民講座「蕪村顕彰俳句大学」講座(学長・川原俊明弁護士)を開講。同講座の期末には、受講生出句の作品の中から最優秀句を選考し、「大阪府知事・大阪市長等を授与する表彰式」を行っている。同講座は既に第5期の4年目に入り、25年4月からは第7期を迎える。

3. また、3年後には蕪村生誕300年を迎えるため、NPO法人近畿フォーラム21では、「蕪村生誕300年記念事業委員会」(委員長・村田正博大阪市立大学教授)を立ち上げ、日本俳句を愛好している諸外国との「国際俳句交流」事業を始め、第5期から「国際俳句蕪村賞」を授与した。更には、学識経験者、俳人、講座講師を招いて「シンポジューム」開催や「蕪村ゆかりの地めぐり歩き」、「屋形船句会」、「記念音楽祭」、「記念植樹祭」などの諸事業を行うことにしている。目下「蕪村像」を「蕪村公園」に建立する計画も進めている。

4. 講座は「一般受講生の句会」を主軸として開講し、児童生徒から国語教諭から学んだ俳句作品の募集、諸外国との「国際俳句交流」を活発かし、大阪から伝統俳句文化振興の発信と、世界の俳句愛好者の集客事業も進めて行く方針である。

5. 「表彰式典」終了後には、同蕪村公園敷地内に「最優秀表彰句のプレート碑を建立。24年には「蕪村俳句」に登場する「くちなし・桂」の植栽を完了させ、同年秋には新たに「シダレサクラ・エドヒガンザクラ・イロハモミジ・紅白のウメ」を植栽し、大阪市に寄贈した。

6. 大阪府・大阪市後援等による当NPO法人主催の市民講座「蕪村顕彰俳句大学」と「蕪村生誕300年記念行事実行委員会」が共に行う諸事業は、大阪の伝統文化の誇りと後世伝承への起点になるものとして、地元を始め、外国からも歓迎を受けている。

7. このホームページを拝読して頂き、「俳句の作り方」「大阪生誕の蕪村記念事業」を、地元は勿論、全国、諸外国と連携しながら大阪俳句文化振興に貢献する活動を進めたい。どうか「講座」「記念事業」にご賛同と、ご参加を心からお願いしたい。