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NPO法人近畿フォーラム21解散へ
NPO法人近畿フォーラム21
                       理事長   池尻 一寛
                    講座 蕪村顕彰俳句大学
                       学長    川原 俊明
この度、10年間大阪俳人与謝蕪村の顕彰と俳句講座を続けて参りましたNPO法人近畿フォーラム21の活動を、平成29年3月31日を以て歓喜「解散」致すことにしました。

この際、これまで当活動にご尽力頂きました有名な俳人結社主宰の講師を始め、株式会社月刊「俳句界」、大阪芸術大学の三村純也教授、関西大学の藤田真一教授、大阪市立大学の村田正博教授、同大学大学院の大場茂明教授、蕪村通り商店街の金子清治、「淀川神社」の横路良宮司などの各氏に心からお礼申し上げます。また式典の参与して頂いた全国著名の俳人選考者の方々にもお礼を申し上げます。

更に、大阪府、大阪市、独立行政法人国際交流基金、公益財団法人関西・大阪21世紀協会等行政機関、各種法人団体からも仔細にご支援を賜りましたことにも深謝いたしお礼を申し上げます。

私たちの悲願は、大阪生誕の蕪村俳句を地元・地方・全国・海外に広めると共に、講師による「俳句講座」開講して俳句愛好家の学習による上達、諸外国からの作品の応募を進めて記念表彰式を年2回開催実施など行い、大阪の俳句文化振興と蕪村俳句の後世への伝達に10年間邁進することが最大の目的でした。

この結果、私たちの助力で新設した「淀川神社の蕪村銅像」に「望郷の喜びの念」を抱いて、蕪村が生誕地に快く帰還する手助けを作り挙げることが出来たことも、目的達成の重要事項のひとつだと信じて居ります。帰還不能だった生誕地に還れることに、蕪村が喜ぶ心構えを抱く事が想像できそうです。

こうした目的が思いの大凡達成できたと自覚し、昨年諸事業を行ってきた平成28年の「蕪村生誕300年記念の年」を区切りとして、「解散」に踏み切ったという想いも込めて居ります。

この目的遂行を「小冊子」に纏めると共に、本ホームページに掲載し居たしましたことで、ご拝読頂き、同感して頂くことによって、お礼を述べる心境で居ります。是非ご拝読下さい。お願い申し上げます。

10年間「蕪村顕彰と俳句振興、後世への伝達」に多大なご尽力、ご支援を頂いた方々にあらためてお礼申し上げます。

これからは、「芭蕉祭、一茶祭」に負けない「蕪村祭」を展開して行く仲間と共同事業を進めたいと存じております。どうかお力を貸して頂きます様、重ねてお願い申し上げます。

本当に10年間、有り難う御座いました。                           以上

蕪村顕彰俳句大学句会講座 終りました

NPO法人近畿フォーラム21
蕪村顕彰俳句大学

蕪村顕彰俳句大学は、平成28年9月まで、13期全国俳句大会表彰式、中心の蕪村顕彰俳句大学講座を続けて来ましたが、歴史的大きな決め手となる「蕪村生誕300年記念の年」は、残念ながら今年末で「終焉」を迎えますので、これに合せて当NPO近畿フォーラム21の最も事業中核でありました、有名講師に依る「俳句講座」を、「13期」で終りと致しました。

と申しますのは、蕪村顕彰俳句大学講座の目的は、講座開講以来、平成28年に迎えた「蕪村生誕300年記念の年」の迎合時期に合わせて、江戸時代の三聖俳人の一人である大阪毛馬生誕の与謝蕪村の俳句を顕彰すると共に、大阪での俳句文化の発展と蕪村を後世に継承していくことにして、講座を続けて来たものです。その成果が、地元、全国、諸外国から評価されるまでにやり遂げられたものと自覚するに達したからです。

しかも、文化庁後援を頂き、兜カ學の森と共同した蕪村顕彰全国俳句大会が、第13期で終了したこととも融合して、前記の講座完遂目的が達成されたと判断したからでして、喜想を以て、14期講座からの蕪村顕彰俳句大学句会講座を終焉しました。

「蕪村生誕300年記念の年」を期限として「終わる」ことには、俳句愛好家や諸外国から「自制の要請」が多々きましたが、講座達成目的と実績効果のご説明をいたしまして、ご無理にも納得して頂きました。

13期までに亘る8年の蕪村顕彰俳句大学講座、全国俳句大会にご支援を頂いた、俳句会主宰の著名な講師諸先生、全国俳句応募のご選考にご助力頂いた8名の有名俳人の先生、13期までの多数の講座受講生、それに大阪府・大阪市・独立行政法人国際交流基金、公益財団法人関西・大阪21世紀協会等の団体機構に対しまして、改めて伏してお礼申し上げます。

末筆にながら、蕪村顕彰俳句大学講座・蕪村顕彰全国俳句大会の表彰式で当初から13期まで「優秀句」を受賞された方々の「記念プレート碑」を、毛馬の蕪村公園東北側に、植樹を背に13器全碑建設して後世に伝承して居ります。どうか、蕪村公園にお出でになり、ご拝見されますようお願い致します。

蕪村生誕300年記念行事「第13期蕪村顕彰全国俳句大会」終わる
近畿フォーラム21
蕪村顕彰俳句大学
兜カ學の森


表彰式ダイジェスト
 「秋分の日」の9月22日、蕪村生誕300年記念行事として、文化庁等の後援を頂き、大阪市立淀川小学校で「第13期蕪村顕彰全国俳句大会 表彰式」を開催。受賞者を始め、優秀句を選考して頂いた著名俳人、講師、来賓の方々に大勢参加して頂きました。

 式典の式次第は、蕪村顕彰俳句大学、兜カ學の森の「開会ご挨拶」のあと、全国・地元・受講生応募の俳句作品「一般の部」の「ご選考」に務めて頂ました著名な茨木和生先生と、「児童生徒の部 初期選考」に携わって頂きました浅川正先生に「選考講演」をして頂きました。

 これから、優秀句の受賞式に移り、「児童生徒の部」、「一般の部」、外国からの「国際俳句蕪村賞」を、受賞者を演壇に招き一人ひとりに「賞状を授与」いたしました。受賞者に参加者から盛んな拍手が湧き起りました。 

 つづいて、13期受講講座に参加された方々の中から、大橋晄講師と山尾玉藻講師から「講師推薦賞」の授与と、「寸評」をして頂きました。

 このあと、13期蕪村顕彰全国俳句大会のいろいろとご支援を頂いた6人のご来賓の方に「蕪村生誕300年記念の想いや、表彰式のご感想」をのべて頂きました。特に13期式典に初めて外国のウクライナから来日されていて、優秀句を受賞されたガリーナ・ウクライナ国立大学教授から「世界最短の詩・俳句」への思いを語って頂きました。

 これで「第13期蕪村顕彰全国俳句大会 表彰式」を終わりました。そして近くにある「蕪村公園」に建立した「受賞優秀句・記念プレート碑」の除幕式を行いました。生憎「小雨」に見舞われましたが、受賞者ら大勢の方々が記念撮影等を行われ、大いに賑わいました。

 蕪村生誕300年行事の「第13期蕪村顕彰全国俳句大会 表彰式」が無事に、終わりましたことの感謝し、ご報告致します。

 




記念プレート除幕式
9月22日に蕪村生誕300年祭開催
近畿フォーラム21
蕪村顕彰俳句大学
蕪村生誕300年記念行事実行委員会
兜カ學の森
「蕪村公園」は、大阪市毛馬町の毛馬桜ノ宮公園の北端、毛馬閘門近くの大川沿いに大阪市が平成20年に造営した。

これで、都島南端、川崎橋あたりまでの毛馬桜ノ宮公園迄との道筋が完成することになり、春に桜の咲くころには大川河畔が新名所として市民が楽しむことが出来るようになった。

与謝蕪村は、松尾芭蕉、小林一茶と並んで江戸俳諧を代表する俳人だが、その蕪村の生誕地が何処かということになると、あまり知らない人が多い。

蕪村は、享保元年(1716)に大阪毛馬村の裕福な農家の主人と奉公人の母との間に生まれた。家督を引き継げない私生児にすぎなかった。その上不幸にも幼くして両親が亡くしため、家人から総いじめされたからか、この辛苦に耐えられず、蕪村は17歳の頃毛馬村を出奔して、江戸に出奔を決意。家出して京都に向かった。

京都で人生を定めることになると人物俳人早野巴人と出会っている。早野巴人を師匠にして俳句を学びながら一緒に暮らしていたが、その後、二人は江戸に旅たった。

江戸では、早野巴人の真弟子として俳諧の世界に没入したが、頼りにしていた早野巴人師が急没して仕舞った。蕪村が26歳の時だった。師匠の急逝を悲しみつつも、新しい「俳句の世界」へ身を投じなければと決断。かねてから愛着のあった芭蕉俳句を追求するため、芭蕉が訪ねて廻った奧羽地方を放浪した。

宝暦元年(1751)になって、京に移り俳諧に挑む一方、南宋画家として励み、池大雅と並ぶ名声を得るようになった。その上、蕪村は、早野巴人を継いで「夜半亭」(初代巴人)主宰となった。

蕪村は京都で68歳の生涯を閉じたが、終生故郷の毛馬村には一度も帰っていない。しかし蕪村にとっては、生まれ故郷毛馬村の「慕情」は消えることは無く、この想いを脳裡に巡らせながら、書き記した「春風馬堤曲」がある。奉公娘の帰省の物語になぞって書き綴り、俳句を添えて「望郷」の念を一気に発散させている。

いまだに大阪には、蕪村に関する「伝承文献」は皆無だ。しかも明治19年に政府による淀川の河川改修工事によって毛馬村が総て埋め尽くされたため、生誕地の痕跡も一切残されていない。これが長い間、大阪俳人の蕪村を顕彰することが出来なかった主因なのだろう。

しかし、明治になり正岡子規が「蕪村俳句」を顕彰するようになったが、それでも地元大阪では依然として関心が薄く、蕪村顕彰には誰も手を付けなかった。

そこで、10年ほど前地元の有力市議会議員と私が共同して「蕪村顕彰公園」建設を大阪市政に働きかけた。大阪俳人蕪村を大々的な顕彰しようという運動は、嬉しいことに活発になりだした。

この運動も契機となり、大阪市は平成18年度から2年計画で、前述の「記念碑」と「春風橋」の中間にある市有地1.1hrの土地に、約2億5千万円をかけて「蕪村公園」を整備することを決定。

同「蕪村公園」には、公園の中央に大広場、公園全体に「蕪村俳句石碑」の建立、「自画絵、春風馬堤曲」などの「蕪村説明写真集」の掲示、公園全体には樹木植栽をする計画が立てられた。大阪輩出の与謝蕪村名を高揚し、文化集客地にしたいと大阪市は考えたのだ。

同公園は、重要文化財の「毛馬閘門」の側にあり、有名な「毛馬桜の宮公園」の北端に位置して、市の中心地中之島に通じる大川沿いの「桜回廊」の出発点になっている。「屋形船」や「遊覧船」の折り返し地点でもある。

さて、今年こそが「蕪村生誕300年の年」であることを記しておきたい。

生誕300年を迎えた大阪毛馬町では、蕪村公園の南側にある「淀川神社」に住民の協力を得て1月に「蕪村銅像」を建立。5月には学者・俳句結社要人による蕪村生誕300年記念シンポジュームを盛大に開催。

9月22日午後1時から、「蕪村300年祭」として、文化庁の後援を頂き、地元・全国・諸外国から応募される俳句作品を選考し「全国俳句大会表彰式」を行う。

要は、蕪村生誕300年の記念行事を多々行い、大阪毛馬生誕の俳人蕪村の顕彰と後世への伝承を強く進めているのである。

元々蕪村公園の建立で、大川沿いの見事な桜回廊と繋がった一連の観光名所として、集客効果が進められ、生誕300年蕪村祭を、この蕪村公園の優れた姿の中で、これから種々進められる。

まずは、大阪市毛馬村にある「蕪村公園」に是非お訪ね頂きたい。序に生誕毛馬町に生還してきた蕪村の姿を、同公園横の「淀川神社に建立した蕪村銅像」を観ながら、蕪村想いを高揚して欲しい。

「皆様のお力をお借りして、蕪村俳句の後世への継承と俳句文化を、世界へ広める活動に、今後取り組んでいきたい」と決意して居り、是非ご賛同を願いたい。(了)

9月22日に蕪村顕彰全国俳句大会 表彰式
蕪村顕彰俳句大学 事務局
・表彰式期日 : 平成28年9月22日(木)午後1時開催
・式典会場 大阪市都島区友淵町3−5−29 「大阪市立淀川小学校 多目的室」
・全国・諸外国・地元の俳句愛好家や講座受講生から「俳句作品」を応募。著名な俳句会の選考委員に「優秀句の選考」をお願いし、受賞者の表彰式を行います。この蕪村顕彰全国俳句大会表彰式にいたるご案内を、改めてご報告致します。

第13期講座 蕪村顕彰全国俳句大会 ご案内


蕪村生誕300年記念の「年」 <特報:文化庁後援を頂きました>

〜平成28年4月〜平成28年9月〜
NPO法人近畿フォーラム21 主催
講座「蕪村顕彰俳句大学」 学長 川原俊明(弁護士)
蕪村生誕300年記念行事実行委員会 委員長 村田正博 (大阪市大教授)
兜カ學の森  共同
後援:文化庁・大阪府・大阪市・独立行政法人国際交流基金・公益財団法人関西・大阪21世紀協会・大阪市教育委員会・大阪俳人クラブ・学校法人追手門学院・(社)日本書芸院・
大阪文化団体連合会 

■第13期「蕪村顕彰俳句大学 句会講座」
・「句会」:「火星」俳句会主宰 山尾玉藻講師 各月原則 第4水曜・13時〜16時 
講座日:4月27日(水)、5月25日(水)、6月22日(水)、7月27日(水)、8月24日(水)
・「句会」:「雨月」俳句会主宰 大橋晄講師 各月原則 第2金曜・13時〜16時 
講座日:4月8日(金 )、5月13日(金)、6月10日(金)、7月8日(金)、8月12日(金)
・会場の都合により講座日を変更せざるを得ない場合、早急に連絡いたします。

■開講の蕪村顕彰俳句大学句会講座名: 大橋晄講師講座、山尾玉藻講師講座
・会場:大阪市立総合生涯学習センター(駅前第2ビル5F)に変更
・(大阪市北区梅田1-2-2-500 電話:06−6345−5019 )

■活動事業等―蕪村生誕300年記念を顕彰し後世に継承するため、受講生俳句つくり活動に傾注し、下記開催の「蕪村顕彰全国俳句大会 表彰式」にむけて、全国・諸外国から俳句作品を応募。

■「蕪村顕彰全国俳句大会・選考委員」一般の部―茨木和生俳人協会常務理事 宇多喜代子現代俳句協会名誉顧問、千原叡子日本伝統俳句協会関西支部長
三村純也大阪芸術大学文学部教授(選考委員長―児童生徒の部、国際俳句蕪村賞の部)
山尾玉藻講師・大橋晄講師・朝妻力講師

■「蕪村顕彰全国俳句大会・表彰式」:一般の部・児童生徒の部・国際俳句蕪村賞の部には、
「大阪府知事・大阪市長・大阪市教育委員会教育長・国際交流基金理事長・関西大阪21世紀協会理事長・
蕪村顕彰俳句大学 学長 、文學の森 理事長」の各賞を授与する。

■・表彰式期日 : 平成28年9月22日(木)午後1時開催
・式典会場 大阪市都島区友淵町3−5−29 「大阪市立淀川小学校 多目的室」

■・除幕式 : 平成28年9月22日(木)午後3時開催予定
・除幕式会場 : 蕪村公園 (優秀句プレート碑)

蕪村生誕に年の6月講座 終わる
蕪村顕彰俳句大学 事務局
蕪村顕彰俳句大学6月講座が、10日(金)に大橋晄講師と、22日(水)に山尾玉藻講師によって大阪市立生涯学習センターで開講しました。

両句会は、いつものように宿題出句を受講生同士で選考した後、両講師による秀作の選考と寸評が行われました。

今回句会の内、下記のように山尾講師から「6月講座の秀作と寸評」をいただきました。有難う御座いました。


◆秀作寸評  山尾玉藻

泣いてまた稚の太りぬ麦の秋   蘭定かず子

一面の麦畑が黄色く熟れる頃は、むっとするよな熟れ麦の香に少し気鬱な思いとなる。折しもどこかで赤子がよく泣いている。泣く子は育つと言われるが、あの赤ん坊も一層まるまると太っていくことだろうと思う作者。赤子の鳴き声がいつまでも続く薄暑の日の寸感である。

麦秋を逸れ野に出づる雲一片
   増田忠勝

先ほども述べたとおり、一面の麦秋を眺めていると何か鬱とした気分になったり、どこか不安感を覚えるものである。真つ黄に熟れた麦畑の上の空に浮かんでいた一朶の雲がゆっくりと流れ、麦畑の横の野原の空へと移っていった。その景を眺めていた作者は、まるで雲までが気鬱さや不安感から逃れるように、広々とした野原へと流れて行ったように感じられたのであろう。麦秋の情趣を雲に巧みに語らせている。

芍薬のけふ開き切りにべもなし   大山文子

作者は日毎芍薬が開いてゆくのを楽しんでいたのだが、とうとう今日それが開き切ったのだ。しかしその咲きぶりは何時もとは違ってどことなくよそよそしい。ぽってりと豪華な芍薬らしい趣を独自の感覚で捉え、「にべもなし」と強く断定して納得させる力がある。真っ白の芍薬に違いない。
蕪村生誕300年記念 全国投句募集
蕪村顕彰俳句大学 事務局
蕪村顕彰俳句大学では、兜カ學の森と共同して、現在第13期蕪村顕彰全国俳句大会を開催し、蕪村が愛した大阪毛馬に俳句文化を継承するため、7月8日(金)必着で、全国から俳句を募集致します。応募をお願いします。

今期から文化庁の後援も頂いて居ります。

投句先は、〒169-0075 東京都新宿区高田馬場2−1−2−8F
      兜カ學の森 「蕪村顕彰全国俳句大会」係です。
       (電話:03−5292−9188)
様式:
・応募 2句1組(何組でも可)
・応募料 1組につき1000円(書留、郵便小為替、切手不要)
・応募方法 7月発刊「俳句界222ページ。文學の森HPからダウンロード。
・選者 特別選者4人、選者3人が選考し、大阪府知事賞、大阪市長賞、蕪村顕彰俳句大学学長賞、文學の森等の授与
・表彰作品は、近郊の蕪村公園のプレート碑として設置。

是非、蕪村生誕300年記念として「全国投句募集」に賛同して頂き、積極的に応募をお待ち致します。

蕪村生誕に年の5月講座 終わる
蕪村顕彰俳句大学 事務局
蕪村顕彰俳句大学5月講座が、13日(金)に大橋晄講師と、25日(水)に山尾玉藻講師によって大阪市立生涯学習センターで開講しました。

両句会は、いつものように宿題出句を受講生同士で選考した後、両講師による秀作の選考と寸評が行われました。

更に、今回の句会句座は、「蕪村生誕に年の5月講座 開講」だったために、「蕪村俳句の特長」や「蕪村俳句と絵画」等について、両講師が蕪村講演をされ、無事に両講座が終わりました。

今回句会の内、下記のように山尾講師から「5月講座の秀作と寸評」をいただきました。有難う御座いました。


◆秀作寸評  山尾玉藻

春昼の箸をよごせる貝の腸   蘭定かず子

「貝の腸」とあるので蜆や浅利などの小さな貝ではなく、栄螺など大きな貝の腸であろう。駘蕩とした春昼の趣とはっきりとしない貝の腸の在り様がどことなく似通っていて、ゆったりとした空気感を濃くしている。

箸初めの蛤つゆの琥珀いろ   山本耀子

「箸初め」とは生後百日目の赤子が初めてご飯を食べる儀式であり、お膳に見事な蛤の汁も添えられているのだろう。匙で掬われた汁が赤子の口もとにゆっくりと運ばれた時、その汁が琥珀いろに輝いたという、この上なくお目出度い景である。
 
坂上れば電話ボックスある日永   小林成子

作者にとって初めての坂道、その坂を登り切ると意外にも電話ボックスが立っていたのだ。携帯電話の普及で公衆電話も見かけなくなった現在、こんなところに、と作者は少し驚いたのだろう。ぽつんと突っ立つ電話ボックスに昼がいよいよ闌けていく。

「新聞俳句・・・入選のコツ」って
NPO法人近畿フォーラム21 理事長
             蕪村顕彰俳句大学  代表 池尻 一寛
筆者主宰の「蕪村ブログ」の「俳談」に連載して頂いている杉浦正章氏が、近月に「やぶにらみの正論」(一般社団法人 安保政策研究会・浅野勝人理事長)と共著して、「新聞俳句・入選のコツ」の冊子を 「時評社」から発刊されました。

本誌掲載の「俳談」の掲げられた杉浦正章氏の「新聞俳句入選句」に、日頃から感動しておりましたが、実際「その新聞俳句入選のコツ」は如何なるものか、俳句愛好者とって極めて珍しい「新聞俳句」の舞台と、「その入選のコツ」の執筆を拝読し、益々驚きました。

一般の人、俳句愛好家、学生等のほとんどは、「新聞俳句・入選のコツ」を知っていることは在りません。是非拝読して「新聞俳句の投句」と云う新しい世界に関心を寄せて下さい。


杉浦正章が記載された著作の趣旨を、下記に添付しましょう。著者には失礼ですが。文量を察して「中略」も致します。それでもきっと過大な興味を抱いて拝読したくなるでしょうね。

杉浦正章氏の寄稿

◆「新聞俳句・入選のコツ」

<私は、政治評論の「永田町幹竹割り」をブログ掲載し、付録の意味で「俳談」を添付しておりました。その読者が全国大会で特選を受賞されるなどとは、夢に思っていませんでした。

しかもその俳句たるやまことにレベルが高い。これは私の「俳談」が導いたのではなく、もともと才能があった方が触発されたのだと思います。(省略)

出版の運びとなった時、「俳談」は主として新聞投句の入選句の「傾向と対策」を入選句の実例を挙げて記述することにしました。句歴30年、そして二十数年にわたる投句の経験、ノウハウの総てを投入しています。(省略)

俳人が書いた新聞俳壇対策の教科書はありますが、投句者による実践の裏付けられた「新聞俳壇入門書」は、珍しいと思います。(中略)松尾芭蕉、小林一茶、与謝蕪村など過去の天才俳人の句作にも言及しています。>

ここから「句作テーマ」が書かれており、想い付きに添付いたします。

<◆「まず傾向と対策から」―

新聞俳壇は全国誌6紙に全部あります。掲載日は朝日、読売、毎日が毎週月曜日朝刊、日経、東京が日曜日朝刊、産經が水曜日朝刊です。

私は約20年間20年間にわたり6紙に投句を続け、入選句は1,000句余りとなりました。(中略)毎日10句を作成し、週に70句作成。これを絞って毎週40句にして投句しています。入選はせいぜい2, 3句です。

新聞投句は初心者大歓迎です。朝日の選者によると、ベテランの句を選ぶより新人の句を選びがちになるそうです。今をときめく有名な女流俳人が別名で新聞投句をしているのを知っていますが、その理由は「武者修行」だといいます。とにかく実名でも別名でもいい、どんどん新聞投句して実力をつけるべきでしょう。

(中略)

◆「昭和ノスタルジア」−

時代を詠むと新聞俳壇によく採用されます。時代をどう詠むかといえば簡単です。

降る雪や明治は遠くなりにけり

と詠んだように元号を一句に挿入すればよい。元号は、短歌で言う歌枕のような作用を及ぼします。

現在において明治や大正に詩的感慨を抱くことのできる人は少ないかも知れませんが、早くも平成は28年、昭和も遠くなりましたが、日本人の心の中に昭和に対するノスタルジアが生まれて、これが発酵しつつあります。

◆「初心者の時事詠は邪道」−

俳句初心者はどうもニュースをテーマとしたがりますが、これほど陳腐なものは無いと心得るべきでしょう。俳句は古来永遠なる感情を詠むものであり、一過性の感情を詠まないのです。そのときのニュースを詠んでも、ほとんど成功しないのはなぜか。それは地名を読み込むのと同じでニュースの印象が強すぎて詩情を壊すからです。>

筆者が傾注している「与謝蕪村」の記述があって、一挙に感動しました。何故なら「蕪村俳句の視点」を知りたかったからです。著作文を挙げます。

<◆「俳句の絵画性」

雪が降り積もった京都の夜景を描いた与謝蕪村の名画に「夜色桜台図」がある。2009年に国宝に指定されている。蕪村は俳句を作っても絵を描かせても超一流であった。その画才の影響もあってか、作る俳句も実に絵画的である。人口に膾炙した句に

菜の花や月は東に日は西に

があるが、いちいち説明はいらない、大きな景色をすべて短詩の中に込めている。

しかし絵画性を一層感じる句は

月天心貧しき町を通りけり

であろう。貧しい町に大きな月が出ている、大きな月と詠まなくても、貧しき町ガそれを語らしめる。なぜなら貧しい町は灯影もほそく、町全体が暗い。その対比として月が大きいのである。

これが例えば、(新宿の歌舞伎町なる月天心)で会ったらどうか。いくら満月でも月はネオンに邪魔されて小さく見えるし。風情も何もあったものではあるまい。この一句は蕪村ならではの才能が発揮されているのだ。

一般俳人も特には絵画のような句を作るとよい。

冬麗や隣の駅の電車見ゆ  毎日俳壇一席 杉の子:(杉浦正章)

冬の水彩画のような空気感を詠んだ。

金魚屋を漁師ら囲み秋祭り
  読売俳壇一席 杉の子:(杉浦正章)

漁師町で漁師たちが金魚屋を冷かしている光景だ。油彩がのテーマだ。>以上

杉浦正章氏の著作は、150ページから310ページ迄、長編に及びます。
最後に「投句は継続することが何より大切でしょう。そのうちに自らの作句を上達させるとなっていることに気付くのです。頑張って下さい」と述べて居られます。

ごく一部しかご紹介できませんが、「やぶにらみの正論」と共著とともに拝読してください。「新聞俳句」の新分野がわかり、「入選にコツ」を読んで
俳句の世界を楽しんでくださいね。
                        
杉浦正章氏[プロフィール]

一般財団法人 安保政策研究会理事
・1940年愛知県西尾市生まれ。
・慶応大学独文科卒業。
・時事通信社政治部記者、ニューヨーク特派員、ワシントン特派員、内閣記者クラブキャップ、 政治部長、編集局次長、常務取締役編集局長。現在政治評論家として、毎日ネットにその日の政治評論を書いている。

以上

蕪村生誕300年記念 シンポジューム開催
NPO法人近畿フォーラム21主催
                   蕪村顕彰俳句大学
蕪村生誕300年記念事業実行委員会
5月1日午後1時から、大阪市都島区役所横の「都島区民センター」で、「蕪村生誕300年記念シンポジューム」を開催致します。

蕪村生誕300年記念行事のひとつです。

シンポジュームは、添付して居ります「式次第」で進めて参ります。

蕪村生誕300年記念の行事をお祝して頂くこのシンポジュームに、「国の文化庁」からも「後援」を頂いて居ります。

こうしたことから「俳句愛好家」、「俳句の興味のある方」、「大阪毛馬生誕の与謝蕪村の生き様を知りたい方」の、一般の方・学生・外国の方など200余名にご参加頂く予定です。

どうか、このシンポジューム開催を初めて知られた方は、下記「シンポジュームのプログラム」を拝見頂き、ご参加頂きます様伏してお願い致します。

以上

蕪村生誕300年記念 シンポジューム開催
毛馬 一三
5月1日午後1時から、大阪市都島区役所横の「都島区民センター」で、「蕪村生誕300年記念シンポジューム」を開催致しました。今年 2016年は、大阪の俳人・与謝蕪村の生誕300年の「年」です。

蕪村の生誕300年行事の第1陣は、1月23日の大阪毛馬町の「淀川神社境内」に「高さ1m60pの蕪村銅像」を建立しました。今日はこれに続く第2陣として、「シンポジューム」を開催したもので、まさに、「蕪村生誕300年記念行事」本格的諸行事となりました。

蕪村生誕300年記念行事をお祝して頂くこのシンポジュームに、「国の文化庁」から「後援」を頂きました。

こうしたことから「俳句愛好家」、「俳句の興味のある方」、「大阪毛馬生誕の与謝蕪村の生き様を知りたい方」、「一般の方・学生・外国の方・大阪市役所も幹部」など250余名が参加されました。

このシンポジュームは、NPO法人近畿フォーラム21主催の主要内部組織の蕪村顕彰俳句大学と蕪村生誕300年記念事業実行委員会が共同して開催したものです。

シンポジュームはまず、

◆開会挨拶を川原俊明蕪村顕彰俳句大学学長(弁護士)が述べた後、

◆第T部の「講 演」に入りました。

◆まず大阪市立大学名誉教授・博士(文学)の村田正博氏が・「いにしえの毛馬を求めて」を30分に亘って語られた後、・俳句結社「火星」主宰の山尾玉藻氏が、30分に亘ってお題「俳句に感謝」を語られました。

続いて、

◆第U部の「4人著名俳句研究者の対談」に進みました。「対談」は、村田 正博教授が先行して、「蕪村へ、そして蕪村から」のお題を巡って、・大橋 晄(雨月主宰)、・山尾 玉藻氏、・柴田 多鶴子氏(鳰の子主宰) が「対談」を展開しました。特に4人個人が自分で選んだ好みの蕪村俳句について、作風の背景見方や 新しい解釈など個人の意見を語り合う「対談」は見事でした。

◆第V部は、特にNPO法人と共同して、蕪村俳句宣伝やまちづくり、俳句作品応募活動を進めている3人を演台に上がって貰い、参加者全員に紹介しました。その方々は、・蕪村通り商店街会長 金子清治氏、・毛馬胡瓜の会代表 清原風早子氏、そしてウクライナから俳句を友人と共に応募されているウクライナ国立大学教授で、現在京都大学研究生で来日されているシェフツオバ ガリーナ教授の3人で、一言づつ挨拶をして貰いました。淀川神社宮司の横路良宮司にも演台に上がって貰う予定でしたが、祭事と重なったため残念ながら欠席され紹介出来ませんでした。

◆この後休 憩 。休憩が済んだあと、

◆第W部からは特別講演を始めました。特別講演は、大阪城南女子短期大学の小林孔教授が、「蕪村 語りを描く―奥の細道画巻の発想 ―」を1時間にわたって講演されました。

特に注目されたのは、蕪村が描いた「絵」の横に書き添えられた「長文」そのものが、「絵」とのバランスを生かすために、空間を巧く活用して作られた意味があることが考えられたと、述べられました。参加者に配られたカラーの「絵」を観ながら論説を聴くと、初めての見方に感動させられました。

◆これでシンポジュームを終焉とし、司会をしていた筆者(NPO法人近畿フォーラム21理事長)が、締めくくりを行いました。

◆ まず大阪市、大阪府の幹部をはじめ、遠方の佐賀県、神奈川県、香川県、奈良県からもご参加して頂いた方々に感謝のご挨拶を致しました。その上で、「淀川神社に蕪村銅像を建立」したのは、氏子として江戸時代の慣習に従い「淀川神社を幾度も参詣したことは不動の事実だとして、協賛者のご協力を得て建てたこと。更に文化庁後援期の今年9月11日の「蕪村顕彰全国俳句大会表彰式」は「蕪村祭」と銘打って、諸行事を実行しますと述べて閉会の辞としました。参加者からこの拙辞に大拍手を頂いて感動しました。

本当に大盛会でした。講師の方々、参加者、共同者、賛同者の方々に心からお礼申し上げます。         

以上


◆講演者・対談者のプロフィール

◎村田 正博 
1951年、京都市生まれ。 
大阪市立大学名誉教授・博士(文学) 蕪村生誕三百年記念事業実行委員長    
専門:萬葉集を中心とする和歌文学、およびその享受をめぐって、仙覺、子規など。   
著作:『萬葉の歌人とその表現』(2003年、清文堂)、「子規初学 ―和歌史再生その前夜―」(文学史研究46、2006年)ほか。  

◎山尾 玉藻 
1944年、大阪市生まれ。俳句結社「火星」主宰、月刊俳誌『火星』発行。俳人協会幹事。   
大阪俳人クラブ常任理事。日本文藝家協会会員。朝日カルチャー講師。蕪村顕彰大学講師。   
著作:句集『唄ひとつ』(1990年、本阿弥書店)、句集『鴨鍋のさめて』(1996年、本阿弥書店)、『自註句集・山尾玉藻集』(2001年、俳人協会)、句集『かはほり』(2006年、(ふらんす堂)、句集『人の香』(2016年、角川書店)ほか。   

◎小林 孔 
1963年、新潟県上越市生まれ。大阪城南女子短期大学教授。   
専門:俳文学、および俳諧史。第8回柿衞賞受賞(1999.6)。   
著作:「『奥の細道』の展開 ― 曾良本墨訂前後 」(季刊 文学 第9巻2号、1998年)、「丹後地方の俳諧一枚摺」(文学 第6巻2号、2005年[隔月刊])ほか。   

◎大橋 晄 
1937年 布施市長瀬(現東大阪市)生まれ 
俳句結社「雨月」主宰、俳誌『雨月』発行東京大学工学部卒業、大学院修士課程修了    
所属:俳人協会評議員、日本伝統俳句協会参事、大阪俳人クラブ常任理事。蕪村顕彰大学講師
著作:句集:『寒の星』    

◎柴田多鶴子 
1947年、三重県伊賀市生まれ 俳句結社「鳰の子」主宰、俳誌『鳰の子』発行    
所属:俳人協会会員。NHK学園俳句講座講師。高槻市俳句連盟顧問。朝日カルチャー講師、サンケイリビングカルチャー倶楽部講師。神戸新聞文化センター講師。
著作:句集『苗札』、『恵方』、『花種』、句文集『小筥携え』
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